ほんのり赤桃。桜の季節。第八幕後くらい。
シンケンジャーとして召集されて、二か月が経とうとしていた。
「殿、ひとつ提案があるのですが」
ある日の夕食後、流ノ介が改まった様子で話しかけてきた。
「なんだ」
「親睦を深める為にみんなでお花見をしませんか?」
「親睦って前も遊園地に行っただろうが」千明が不服そうに口を挟む。
「遊園地は殿とご一緒出来なかったし、結局、アヤカシが現れて中途半端になってしまっただろう?」
「もういいでしょ」茉子も面倒そうに返す。
構わず流ノ介は続ける。「ことはは行きたいよな?」
「うん」ことはがキラキラした目でうなずく。
「殿様もどうですか?」
あ~あと茉子と千明が顔を見合わせる。ことはに言われちゃかなわない。
「わかった、黒子に用意させよう」
流ノ介とことはは手を取り合って喜び、茉子と千明は、やれやれと再び顔をを見合わせた。
久しぶりの休日は朝から天気もよく、絶好の花見日和となった。志葉邸の近くに桜の綺麗な公園があり、家臣達がわいわい騒ぎながら敷物を敷いたり、重箱を広げたりした。
茉子は、黒子達が台所に立つ姿を見かけて、料理を手伝いたくてウズウズしていたが、そんなときに限って流ノ介や千明がちょっかいをかけてきたり、彦馬に用事を頼まれたりで結局、何も出来なかった。
不服そうな顔で重箱を見つめる茉子から少し離れて
(なぁ、姐さんって料理には関わってないよな?)
(彦馬さんにも協力してもらったから大丈夫だ)
「流さん、千明どないしたん?」
「いや! 何でもない、何でもないぞ、ことは」
「あぁうまそうだなー食べようぜ」
満開の桜の下、五人は黒子達の作った料理に舌鼓をうった。最初は乗り気でなかった茉子や千明も楽しそうにしている。
「この間の茉子のウェディングドレスはキレイだったな…」しみじみと流ノ介が言う。
「何よ急に」
「綺麗な桜を見たら思い出した」
「流ノ介の白無垢に全部持っていかれたじゃない」
「まぁ確かに流ノ介は本当に女みたいだったよな」
「ほんまに茉子ちゃんも流さんもキレイやったわぁ」
「丈瑠はどっちが好みなんだよ?」
「…俺は…」
「もう流ノ介に決まってるでしょ。丈瑠を困らせちゃだめじゃない」
茉子がさっさと話題をそらし、ことはと何やら話し始めた。そこに流ノ介や千明も加わり、あっという間ににぎやかになっていた。
茉子は家臣達の間でも精神的に大人で千明やことは、時には流ノ介の心の支えになっているようだが、丈瑠は少々苦手としているところもあった。茉子はそんな自分の態度をも見透かしているような気がする。家臣であるが丈瑠を名前で呼び、まっすぐ丈瑠の心の内に入ってこようとする。
そんな茉子は最近はリラックスした表情を見せることもあるが、相変わらず自分のことを語ろうとはしない。丈瑠はそんな茉子を気がつくと見つめていることが多くなった。今日は上座もなく並んで座っていたせいか距離も近い。だが、茉子の隣には常にことはがいて、その脇には千明。結果的に丈瑠は流ノ介に侍道について熱く語られてしまったが。
帰り道。流ノ介、千明、ことはが歩く後ろを茉子が見守るようについていく。さらに後ろを歩く丈瑠に振り向いた茉子が微笑みかけた。「楽しかったね」
「あぁ」(どうしてこうも芸のない返ししかできないんだ)
茉子は構わず横に並んで歩き始めた。
その時、突然風が強くなり、桜の花びらが舞った。
茉子の髪がなびき、ふわりといい香りがした。
「丈瑠」
茉子が丈瑠の肩に手を伸ばし、肩についた花びらを取った。
「桜、キレイだね」
「…あ、あぁ」丈瑠は茉子にまっすぐ見つめられて思わず目をそらしてしまった。そんな丈瑠の様子に茉子は苦笑する。
「あんまり付き合いやすい方じゃないと思うけど、わたしはこれからもビシビシ突っ込むよ?」言い終えて、流ノ介、千明、ことはの元へ行こうとしたとき、「え?」驚いて茉子は振り返った。
丈瑠は茉子の腕をつかんでいた。
「何か言いたいことでもあった?」
「イヤ、あの…」
茉子がにっこりほほ笑んで言う。「ゆっくりでいいから」
「…作戦のこともあったし、横に立っていたからあまりよく見られなかった」
「何のこと?」
「花嫁衣装」
「今頃?」
「さっきは茉子が遮っただろう」
「だって困っているように見えたから。それに結局よく見られなかったってことだよね」
先を急ごうとする茉子だったが、丈瑠は腕を離そうとはしない。
「離して?」
「…」
「聞かれたくないこと聞いてもいいの?」
「…受けて立つ」
また桜の花が風に舞う。少し戸惑った表情の茉子だったが、次第に笑顔になる。「今の言葉忘れないよ」
「茉子ちゃーん」
だいぶ先に進んでしまったことはが手を振って呼んでいる。
「姐さん、早く帰ろうよ」
「殿ー!」千明や流ノ介も口々に呼んでいる。
「丈瑠、行こ」
するりと腕を抜くと、桜並木の下を茉子は長い髪をなびかせて走って行く。遠くなる後ろ姿を慌てて丈瑠は追いかけた。