Mission37後の青黄。
大人げなかったよなぁ、リュウジは指令室の休憩スペースで頭を抱えていた。ヨーコの初恋の相手が小学校の担任の先生と知り、動揺した。先生と再会したヨーコはいきなり抱きついたり、結婚式に列席した後は、何だか少し大人っぽくなったようで…それに比べて俺は…。てっきり初恋は俺だと思ったんだけどな。大人になったらリュウさんのお嫁さんになる、なんて言ってくれたりもしたのに。あの頃はまったく意識していなかったけど、やっぱりいつもかわいがっている妹分に好きだといってもらえるのは嬉しかった。
「リュウさん、まだここにいたの?」
「…あぁ」ヨーコに背を向けたまま、リュウジは答える。
「リュウさん」ヨーコがすぐ近くに立っているのも分かったが顔を見られなかった。
「ヨーコちゃん、今日はウェディングドレス、きれいだったよ」
「そういうのはちゃんと顔見て言って欲しいんだけど」
リュウジは、やっとヨーコの顔を見て手を伸ばす。いつものように頭に手を乗せて、力なく笑った。
「俺ってホント情けない…」
「ホント。何であんなにあたふたちゃうの? 長谷川先生はこれから結婚する人だよ。それに私はただの生徒なのに」
「俺にとってはヨーコちゃんは特別なの」
「リュウさんってさらっと言うよね、そういうこと」不意打ちの言葉に少しだけうろたえたヨーコをそっと抱き寄せた。
「ヨーコちゃん、キレイになったよ」
「ホントに?」
「ホントにホント。見惚れちゃったよ。だから誰にも渡したくない」ヨーコを抱く腕に力がこもる。
「リュウさん、ちょっと苦しい」
「あぁごめん」口では謝っているが、リュウジはヨーコを離す気はさらさらなかった。
「けど、リュウさんが覚えててくれるとは思わなかったよ」
「ん?」やっとヨーコを解放したリュウジがヨーコの顔を見た。
「リュウさんのお嫁さんになるって言ったこと」
「嬉しかったから」
「子供の言ったことでも?」
「ヨーコちゃんが言ってくれたことだからね」
リュウジはふと少しだけ昔のことを思い出していた。13年前、ワクチンプログラムのせいでリュウジもヒロムもヨーコも特殊な体質になった。それから数年経ち、ヨーコが小学生になったばかり、リュウジは19歳になっていた。
あるとき、休暇にリュウジは一人で久々に街に出て、たまたま高校の同級生数人のグループに再会した。皆、それぞれ別の大学に進学し、久々に集まることになったという。ファミレスで食事をしながら近況報告をしたが、ゼミだのサークルだの自分には縁のない話にリュウジの口数は自然と少なくなった。
そのとき、「うるせーんだよ、お前ら」と隣のテーブルの客に声をかけられた。見るからにガラの悪そうな同世代の男達で、そのときはみんなで素直に謝ったもののなかなか許してくれない。
「俺が話をつけるよ」リュウジが同級生達に声をかけ、その男達を表へ促し、ファミレスの裏手にあったビールケースをぐにゃりと曲げた。
「リュウジくんのその力、何?」
「え?…あ」因縁をつけてきた男達だけでなく同級生たちの目も恐ろしいものを見るような目だった。居たたまれなくなってその場から逃げ出した。突然高校を辞めてしまったリュウジの同級生達はその力のことは当然知らない。
毎日の訓練にも慣れてきて、エネルギー管理局の人間は当然リュウジの力を知っている。それが普通になりつつあったが、知らない人からすれば驚くのは無理もない。両腕も熱くなってきて、もうすぐ熱暴走しそうな感覚にも襲われて、ヨーコに会わないように特命部に戻り、ゴリサキに応急処置をしてもらった。何とか熱暴走を起こさずに済んだが、そのときもヨーコが来てくれた。
「リュウさん、どうしたの? お腹痛いの?」
「ううん、大丈夫だよ」頭をポンポンとなでるとヨーコはベッドによじ登って横に並んだ。
「ヨーコちゃんがいるから大丈夫」こんな小さな体でウイークポイントを持ったヨーコを不憫にも思い、リュウジはふいに泣き出しそうになっていた。
「リュウさん?」
「ううん、何でもない」リュウジがベッドから体を起こすと、ヨーコもまた起き上がった。
「私、大きくなったらリュウさんのお嫁さんになる! ね、いいよね?」
「いい子にしてたらね」
「うん!」
「リュウさん、聞いてる?」ヨーコが乱暴に肩をゆすってリュウジは我に返った。
「ごめん、何?」
「みんなの前で昔のこと急に言われて恥ずかしかったの。だから違うって言ったのに」
「そうなの?」
「そうだよ」
「そっかぁ」リュウジが笑いかけると、ヨーコも笑顔を返した。
「…リュウさん、そろそろ充電、切れそう」ヨーコの言葉に慣れた手つきでヨーコのウエストポーチからチョコの包みを取り出して渡した。この行為はヒロムにはずいぶん驚かれたっけ。
「ハイ、どうぞ」
「…じゃなくて」ヨーコがじっと見つめたかと思ったら、目を閉じた。リュウジはチョコレートを口に含むとヨーコに口移しした。口の中のチョコレートはどんどん小さくなり、なくなってしばらくしてようやく二人は離れた。
「リュウさんがあんなになっちゃうなんて思わなかったなぁ」
「ヨーコちゃんのことになるとどうしてもダメなんだよ」
「でもそういうとこも好き」
またお互いの顔を見て笑う。そしてまた二人は唇を重ねた。