PeachRedRum

高梨臨ちゃんのファンです

シンケン当時雑誌の対談で言っていた殿中の人の妄想話。

 

 

 外道衆に彦馬がさらわれた。シンケンジャーにも志葉家に仕える黒子たちにも大きな衝撃が走った。皆眠れずに奥座敷に控えていたが、丈瑠の「明日に備えて眠っておけ」の言葉にそれぞれ渋々自室に引き上げた。しかし眠れるはずもない茉子は体を動かせば少しは眠れるかもしれないと稽古着姿になり縁側に出た。「眠れないの?」

 丈瑠がやはり稽古着姿で縁側に座っていたが、茉子の方を向くことなく立ち上がり、何も言わずに廊下を歩き出した。

「彦馬さんなら必ず私達で助けよう、ね?」丈瑠は立ち止まり、顔を乱暴にがしがしこすった。

(泣いていた?)

「ねぇ少し話さない? わたしも眠れないの」このまま丈瑠を一人にしたくなくて茉子は明るく話しかけた。賭けだった。このまま素っ気なく立ち去られるかもしれない。だが丈瑠は戻って来て少し離れた場所に座った。

 

「…何か話してくれるんじゃないのか」最初に口を開いたのは丈瑠だった。やはり茉子を見ずに庭を眺めている。

「まさかいてくれると思わなかったから何も考えてなかった」茉子が正直に言う。初めて丈瑠が少し驚いた表情で 茉子の顔を見た。「なんだそれは」

 少し考えて茉子が言う。「彦馬さんが帰って来たら、わたし料理作る!」丈瑠は露骨に顔をしかめた。

「ほんっと丈瑠ってそういうとこ正直だよね。流ノ介なんか結構食べてくれたよ?」

「…悪い」

 ふっと茉子は笑ってしまった。「丈瑠って結構冷たい殿様なのかと思ってたけど、意外とわかりやすいよね」茉子がニッコリ笑いかけると丈瑠はまた目をそらして庭を眺める。茉子はどんなに自分が冷たくしてもこうして笑いかけてくれる。そんな茉子に思わず本音を漏らしてしまった。

「…早くに親を亡くした俺には爺は親みたいなものだから絶対助けたいんだ。今だってすぐにでも助けに行きたいのに…!」珍しく声を荒げる丈瑠が立ち上がり今度は庭の方に歩く。

「丈瑠」

「!」背中に温かい感触がして丈瑠は驚いた。

 丈瑠の背中に抱きつきながら優しく茉子が言う。

「月が綺麗だね。明日は彦馬さんやみんなと見たいね」丈瑠は顔を上げ月を見る。

「爺は助ける。だけど、月は二人で見たい」

「えー、どうして?」

丈瑠は茉子から一旦体を離し、改めて茉子の方に向き直り、両腕をつかんで、まっすぐ目を見て言った。「独り占めしたいからだ」そう言うと丈瑠の方から茉子を抱きしめた。「ギュッとするってこうじゃないのか」

「丈瑠」

 

 柱の影に人影三つ。

「ますます眠れなくなっちゃったんですけど」千明が小声でささやく。

「千明、しーっ」ことはが千明の口をふさぐ。

「茉子」涙声の流ノ介。流ノ介達も稽古着に着替えて縁側に出たものの思わぬラブシーンに出くわしてしまった。

「私の部屋で稽古しよう、さあ」流ノ介が千明とことはを引っ張って行った。源太がこの場にいなくてホントによかったと流ノ介は思った。

 

「彦馬さんに作る料理は何がいいだろうね?」丈瑠の胸で茉子がつぶやく。勢いよく丈瑠が体を離す。

「それは黒子に任せろ。茉子は俺のそばにいろ。それだけでいい」

 わたしだって頑張ればきっとできるのに…。不服そうに頬をふくらます茉子を愛おしそうに見つめる丈瑠だった。

 

 

 後日…

 

 

 夜中にふと目を覚ました茉子の耳に笛の音が入ってきた。哀しげな音色は志葉邸の庭から聞こえてくる。

 

 ことは…。以前の茉子ならすぐにことはの元に駆けつけていただろう。だけど今は、ことはの気持ちを尊重することにしている。ことはだって1人きりになりたいこともあるはずだから。

 

 シンケンジャーとして召集されて志葉邸で暮らし始めたとき、健気なことはや落ち込む流ノ介をほっておけずに抱きしめた。だけどそれはただの自己満足だと今は気付いた。母に捨てられたと思って育ってきた茉子は誰かを抱きしめることであの頃の自分も抱きしめたような気がしていた。

 

 しばらくすると笛の音が止み、ことはの忍び足が近づいて茉子の部屋の前を通り過ぎる。さぁまた寝ようか…だが、一度目が覚めると今度は寝付けなくなってしまった。今日は月が妙に明るい。月明かりが部屋へ差し込んでいる。茉子は枕元においていたカーディガンを肩に掛けて縁側に出た。

 

 縁側には先客がいた。パジャマ姿の丈瑠が座っていたのだ。じっと庭を見る丈瑠に邪魔をしてはいけない気がして茉子は部屋に戻ろうとした。

「どうした?」庭を眺めていた丈瑠が茉子の方を見た。

「何となく目が覚めちゃって…丈瑠は?」

「俺も同じだ」

「そう、じゃおやすみ」

「…眠れないんだろう? こっちに来い」

「…う、うん」お互いパジャマ姿とあってか、茉子は妙に気恥ずかしい思いがしたが、丈瑠の言葉に従い、少し離れたところに座った。

 

「ことは頑張ってるよね」

「あとはもっと自分に自信が持てればな」

「丈瑠がちょっと声を掛ければことははすごく喜ぶよ」

 出会った頃から寡黙なところは変わらないけど、家臣を気遣う丈瑠はすっかり殿様らしくなった。いや、はじめから丈瑠は優しかった。ただその気持ちを最近は口にすることが増えただけなのかもしれない。

「まぁ他にも気になることはあるけどな」

「?」

「笛の音が聞こえればことはが落ち込んでいることは分かる。だけどそういう気配を見せない奴もいる」

(流ノ介? それとも千明のこと?)ぼんやり茉子は考えていた。

「ふらっと1人で出かけてなかなか戻ってこないかと思えば源太のところで楽しそうに…」

「ちょっと待って、それってわたしのこと?」

「どれだけ心配したと思ってるんだ」

 

 何となく1人になりたいときは街をぶらつくことが多い茉子は、最近ではもっぱら源太の屋台に立ち寄ることが多くなった。源太の笑顔は何だかほっとする。

 

「…それはごめん」

「源太のところに1人で行くというのも気に入らない」

「どうして?」

「…」

 

 丈瑠がふと笑みをこぼし、空を見上げた。

「こんな月夜につまらない嫉妬はよくないな」

「丈瑠?」

「いつかこんな夜があったな」

「あー思い出さないで! あのときのわたしはどうかしてたの!」

 爺を外道衆にさらわれて動揺していた丈瑠を後ろから抱きしめたことがあった。何とかいつもの丈瑠に戻ってもらいたくてとった行動ではあったが、今にして思えばそこまですることもなかったかもと思っていた。そのあと丈瑠から抱きしめられたときは、どうしたらいいか分からなくなってしまうほどドキドキした。あの日もこんな風に月のきれいな夜だった。

 

「茉子」いつものように丈瑠が呼ぶ。丈瑠が真剣なまなざしで左腕を茉子の方へ伸ばした。月を見上げる茉子の横顔があまりにも美しくどうにかしてしまいたくなったのだ。

 

 丈瑠は茉子を抱き寄せ、唇を重ねた。長く深く、二人は求めあった。 

 

 そんな二人を見守っている月は相変わらず美しく輝いていた。