PeachRedRum

高梨臨ちゃんのファンです

弱点

第二十八幕後、結局お化け屋敷が苦手なままだった殿が再び遊園地へ。赤桃。

 

 

 源太がアベコンベというアヤカシに寿司と魂を入れ替えられた。それ以来、寿司恐怖症になってしまい、戦うこともままならない。そのため、シンケンジャーのみんなでそれぞれの苦手なもの克服しようとした。丈瑠は子供の頃から苦手なお化け屋敷を克服することなく倒れてしまった。茉子も苦手なこふきいもを食べたものの気分が悪くなってしまい、しばらく部屋で休んでいたため、あとで千明に聞かされた。

 

「しっかし、あのときの丈瑠はすごかったなぁ。見せてやりたかったよ。姐さん倒れてかなり焦ってた」

 その話は、流ノ介の口からも聞いた。丈瑠は茉子に対して普段はことさらそっけないので少し意外だった。茉子は嬉しいという感情は何とか押し殺して話を続けた。

「…そう? 結局千明の苦手なものって分からなかったね」苦手なもの克服大会の司会役だった千明はとうとう苦手なものが露呈することはなかった。

「そういうのを易々と言わないのが俺でしょう」にやにやしながら千明が言った。

「あ、そうだ、今度みんなで遊園地行かねぇ? 丈瑠は結局お化け屋敷はダメなままだし、丈瑠のことからかってやろうぜ」

「そういうこと言わないの」千明を諌めると、その夜こっそり丈瑠の部屋に向かった。夕食のときはみんな揃ったが、少し元気がないように思えたからだ。

 

「丈瑠、今、大丈夫?」丈瑠の部屋の前で茉子が声をかけた。

「…あぁ入れ」という丈瑠の言葉に茉子は丈瑠の部屋に足を踏み入れた。丈瑠は文机に向かい、正座をして何か書いていた。その手を止めて、茉子の方を向いた。茉子は丈瑠に向かいあうように座った。

「今日は大変だったね、お互い」

「あぁ」

 あんなに苦しんでいるように見えた源太は彦馬の荒療治で寿司恐怖症を克服し、ダイゴヨウと新しい仲間まで作って切神と戦い、撃破した。

「今日はありがとね」

「何のことだ」

「わたしが倒れたときのこと千明に聞いたよ」

「あれは…」

「嬉しかった」茉子の笑顔に丈瑠は俯いてしまった。それに無理矢理目を合わせるように茉子は丈瑠の顔を覗き込んだ。

「…何だ?」

「今度千明がみんなで遊園地行こうって」

「お前達で行けばいいだろ」

「お化け屋敷、今でも怖い?」

「…」

「二人なら怖くないかもしれないよ? 手なんて繋いじゃったりして!」茉子が明るく言った。

「二人なら、か」丈瑠が不意に茉子の顔に手を伸ばした。茉子は、するりと身をかわして立ち上がった。

「克服出来たら、ね。おやすみなさい」克服出来たら、なんだ? 丈瑠は茉子の背中を見送った。

 

「丈瑠、こっち」茉子が大きく手を振っている。結局、千明に言いくるめられ休みの日に六人揃って遊園地に遊びに来たが、それぞれ好きな乗り物に乗っているうちに二人になった。

「行こ!」茉子が手を伸ばし、丈瑠と手をつなぐ。茉子はいつもよりテンションが高く、丈瑠をリードしながら暗い館内に二人は踏み出していった。

 

 お化け屋敷の中は暗く、時々大きな音やお化けの扮装をした人に驚かされたが、今日の丈瑠はいつもと違っていた。茉子と一緒にいるのが心強くもあり、茉子の前で情けない姿は見せたくないとも思っていた。茉子も叫び声をあげることもなく、真剣な目をして歩いている。

 

 しばらく歩いていて丈瑠は気付いた。茉子の様子がおかしい。

「茉子?」握る手の力が強いし、少し震えているようにも思えた。

「もっとしっかりつかまれ」

「うん」今までつないでいた手を離して、今度は腕をギュッと組んで体ごと密着させた。

「実はね、私も苦手なの」茉子が大きな目を潤ませ、長身の丈瑠を見上げた。いつも冷静な茉子からは信じられないほど小さく震え、丈瑠の腕にしがみついている。

 ふいに包帯でぐるぐる巻きにした男が茉子に近づいた。

「キャーッ」初めて茉子が叫び、今までより一層体が密着した。

「もうすぐだ」丈瑠が声をかける。目先に微かに陽の光が差しているように思えたからだ。不思議な気分だった。今まで怖くて一刻も早く抜け出したいと思っていたのに、こんなにくっついてくれるならもう少しだけここにいたいとすら思った。

 

「…ごめん、丈瑠」

 お化け屋敷から出た丈瑠の腕は茉子の指の跡がくっきり残っていた。人気のない木陰のベンチで二人は休んでいる。

「でも俺はどうやら克服できたようだ」

「そう、よかったね! 私はダメだった…丈瑠に偉そうなこと言ってたのにね」茉子がしょんぼりしている。

「大丈夫だったのは茉子と一緒だったからだ」

「ホントに?」茉子は嬉しそうな笑顔を向けた。ぽんぽんと丈瑠が茉子の頭をなで、珍しく茉子に笑顔を向けた。頭に置いていた手が頬におちてきて、ふいに真剣な表情になった丈瑠の顔が近づき、唇が重なる。

 

「もう一回入るか?」

「望むところよ」

 見つめ合った二人から笑みがこぼれ、また唇を重ねた。

 

「まーったくいつの間にいなくなって…」

 千明は、二人を探してお化け屋敷にやってきた。遠目に二人の姿が見えた。「ありゃ?」丈瑠が茉子の頭に手を置いている。二人の雰囲気に見てはいけないものを見た気がして、回れ右をした。源太や流ノ介やことはが千明を見つけて近づいてきた。

 

「ここにはいないみたいだ」千明は二人が見えないように急いで三人に駆け寄った。

「そうか、じゃ私が連絡してみよう」と生真面目な流ノ介がショドウフォンに手にする。

「いやー、もうちょっとその辺見てみないか? 子供じゃねーんだから」

「だな。俺も遊び足りないし」源太が言う。

「茉子ちゃんも殿様もどこ行ったんやろ?」と心配顔のことはを何とか励まし、千明は三人をその場から離れることに成功した。世話の焼ける奴ら…だけど、遠目で見えた茉子の女性らしい表情にドキリともしていた。丈瑠が姐さんにあんな顔させるんだ、といつもはクールな二人の別の顔を見て、千明は少し動揺した。

 

 再びお化け屋敷に入った二人は最初からぴったりと体を密着させた。茉子に頼られることで、丈瑠はすっかり楽しめるようになっていた。考えてみればそれより恐ろしいアヤカシと戦っているのだ。今まで何を恐れていたのだろう。「…きゃ」などと小さく声をあげ、ぎゅーっと体をくっつけてくる茉子を見ていると、愛おしくて仕方なかった。

 

 外に出ると、二人を見つけたことはが駆け寄ってきた。

「茉子ちゃん、殿様と一緒やったんや」

「うん」ことはが自然と茉子の手を取り二人は歩き出す。

「なんでぇ、茉子ちゃんと一緒だったのか」源太が不機嫌な声を丈瑠に向けた。

「あぁ」いつもと変わらないポーカーフェイスで丈瑠は答えた。

「また休みの時はここに来るぞ」丈瑠が珍しい提案をした。

「殿、でしたら次は私もご一緒いたします」

「あぁ」流ノ介に適当な返事をして前を歩く茉子を見た。茉子は振り向いて、少し戸惑ったような顔をしながら、でも笑顔を見せていた。

 

 無理はしなくていい、その方が楽しめるから。丈瑠のS心に火が付いた瞬間だった。