特定の時期もないような…でも大体このくらいで。流ノ介、ことはもちらっと出てきます。
ある夜、丈瑠が風呂上がりに部屋の障子を開けると、敷かれた布団の上に見慣れた後ろ姿があった。
「茉子、何してる?」
茉子は振り向くと穏やかに微笑んだ。頬がほんのり上気し、淡いピンクのパジャマ姿で茉子もまた風呂上がりなのであろう。だがいつもと少し様子が違う。ゆらゆらと体が揺れていることに気付いた。
「酔っているのか?」
「源太のとこに行って、流ノ介と三人でいろいろ話して来たの」
ふふふ、と茉子は笑い、枕を抱いてそのまま布団に横になった。
「言いたいことがあったんだけど、忘れちゃった」
いつものクールな茉子とは違い、ふわふわと笑い、焦点の定まらないような危うげな視線で丈瑠を見つめた。
「自分の部屋に戻らなくていいのか」
「うーん…」
茉子を抱き起こそうとした丈瑠に手を広げて抱きつくとそのまま首に手をまわした。ふわりと茉子のシャンプーが香る。
「もっとわたし達を信じて」
茉子は酔っ払っているのに、はっきりと口にし、ぎゅうと丈瑠を抱きすくめた。
「…」
「みーんな丈瑠のこと好きなの…もちろんわたしもよ」
「…」茉子は体を離して、丈瑠を見つめる。丈瑠は照れもあって目をそらしてしまった。
「もー丈瑠って仕方ないなぁ」茉子は、ふにゃふにゃ笑うとまた布団に横になった。
「もう寝るね、おやすみ」
「茉子…」丈瑠の布団を占領して茉子は寝てしまい、丈瑠は思案に暮れた。隣で寝るには刺激が強すぎるし、ここで黒子に頼りたくないと思ってしまったのだ。幸せそうに寝息を立てる茉子の顔に近付いてみると、長いまつげにふっくらした唇…寝込みを襲うようなマネは…と丈瑠は小さく首を振る。イヤ、据え膳食わぬは男の恥とも言うじゃないか。丈瑠は茉子の唇に近付く…
「殿、お休みのところすみません」
突然、部屋の外から流ノ介の声がして丈瑠は心臓が跳ね上がる思いがした。
「どうした?」
努めて平静を装い、返事をする。
「茉子と源太の屋台に行き、一緒に帰りついたのですが、風呂上がりに部屋に戻って来ないとことはに聞いたものですから、ご存じないかと思いまして」
「あぁ俺も捜してみる」
口から出たのは真っ赤な嘘だった。傍らにすやすやと眠る茉子がいる。
「そうですか、お願いします」
流ノ介が行ってしまったあとで、茉子を見つめる。帰したくない。だが、黒子や彦馬を巻き込んで大騒ぎになるのはまずい。小さくため息をつくと、起こさないようにそっとお姫様だっこをする。体を密着させると、茉子の体の感触がはっきり分かり、丈瑠の鼓動は早くなる。足で障子を開けようとすると、茉子が突然目を開けた。
「あ~あ、流ノ介にバレちゃったか。今日は惜しかったね」
茉子は言うなり、丈瑠の首に手を回し、唇に軽く触れるようなキスをすると寝たふりをした。突然のことに丈瑠は固まったが、どうにか廊下に出た。
「茉子ちゃん!」
ことはと流ノ介が近付いてきた。
「この辺で酔っ払って寝てしまったようだ。俺が部屋まで連れて行こう」
「そんな! 殿にそんなこと! 茉子、起きろ」忠義心の強い流ノ介が茉子に掴みかからんばかりの勢いで近付く。
「もう、流さん! 茉子ちゃんのこと起こしたらかわいそうやろ」流ノ介の裾を掴んでことはが抗議する。
「だが…」
「静かにしろ。俺がこのまま運ぶ」
暗い廊下を丈瑠が茉子をお姫様だっこで運ぶ。
「…俺も信じてる」
「え?」
「お前達と同じ気持ちだ」
「ありがと」少し酔いの醒めた茉子のいつもの笑顔だ。丈瑠は突然歩みを止めると、茉子の部屋でもない空き部屋の障子を開けた。
「丈瑠?」茉子をそっとおろすと畳に押し倒す形になった。
「さっきの不意打ちのお返しだ」
二人の影は重なり、夜は更けていく。