帰って来たシンケンジャー後くらい。今日恋の設定も多少入れているので、キャラ違います。
「丈瑠ー、おはよー」
茉子は、ベタベタと丈瑠にくっついて腕を組んで歩き出す。茉子の友人の美咲と香奈も後に続く。丈瑠は長めの茶髪で制服を適度に着崩したいかにもイマドキの青年だ。茉子もまた長い脚を惜しげもなく見せる短いスカートに長い髪をふわふわとなびかせている。
ここは、ある私立高校。丈瑠と茉子は4月に入学したばかりだった。丈瑠は中学の頃から近隣の女子生徒には有名で、茉子もまた丈瑠と同じ学校でしかも同じクラスになれたことに喜びを感じていた。丈瑠はチャラい見た目ながら成績もトップで入学式で新入生代表挨拶を務めたほどだった。茉子はかなり積極的に丈瑠に近付いた。丈瑠もまたそういう女の子には慣れていて、茉子の好きなようにさせていた。
入学式の日、丈瑠はこの学校には似つかわしくない地味な女の子に教室でみんなの目の前でキスをした。茉子もそれを見た。だけど、平気。遊びだもん。
それからほどなくした放課後、丈瑠が図書室にいた。本棚の前で難しそうな本を読んでいる。茉子は近付いて、ベタベタと腰に腕を回し、丈瑠を見上げた。
「ね、どっか遊びに行こうよ」
「あーちょっと待ってて」
「ねー」
丈瑠は仕方なさそうに本をしまうと、茉子の頭をなでて、顔を近づけた。茉子は目を閉じると、間もなく唇が重なった。丈瑠の大きな手が髪、頬、首筋をなでていく。何度か唇が重なった後、近くに誰かの足音が近付いてきていた。丈瑠は茉子の耳元で「場所変えようか?」と囁いた。
「言っとくけど、一回したくらいで彼女面するなよ。俺、一回した女とはやらない主義だから」
廊下を歩く丈瑠が茉子に釘を刺した。
「分かってる」
茉子は丈瑠に腕に絡みついて歩いた。理科室の前で丈瑠は立ち止まった。
「ここならだれも来ないだろ」
茉子は少しだけ不安になった。こんなところで初めてをむかえるのだろうか? 無人の教室に入り、鍵も掛けずに茉子を理科室の机に座らせた。茉子の脚を広げさせ、丈瑠はその脚の間に体を入れ、そしてキス…先程より激しく、茉子の脚は丈瑠の腰を締め付けるように挟み込み、そして丈瑠の手は茉子のシャツのボタンにかけていた。
そのとき衝撃が走った。まるで電流が走ったように二人に今までとは違う記憶が入り込んで来た。
「丈瑠?」
「茉子?」
丈瑠は慌てて茉子の体から手を離し、茉子は丈瑠を突き飛ばして走りだしていた。教室でかばんに教科書やノートをつめていると、顔面蒼白な茉子に驚いて美咲が話しかけてきた。
「茉子、どうかしたの?」
「何でもない。帰る」
「えー、今日はカラオケに行こうって言ってたじゃない」
香奈が不満そうな声を上げた。
「ごめんね、バイバイ」
学校を出て、街を歩くと店のショーウインドウに映る自分の姿が目に入った。高校生なのに化粧をして、短いスカートに派手なピンクのシャツ。
これが私…? 私はシンケンジャーとして志葉家で暮らしていたはずだ。それなのに、何で女子高生をしてるんだろう? 丈瑠もまるで別人だった。流ノ介達はどこにいるんだろう? ぐるぐるいろいろ考えて家に帰った。家には祖母と両親がいた。
「お帰り、茉子」
母が笑顔で迎えてくれた。車椅子には乗っていない。今朝、送り出してくれた母のままだ。そう、私は小さい頃からずっと両親と普通の女の子として暮らしてきた。夕食のときはぼんやりして両親が心配そうにしていたので、今までの茉子としてしゃべりまくった。あんなに稽古に厳しかった祖母も楽しそうに茉子の話を聞いていて、シンケンジャーのことは誰も口にしなかった。
自室に戻った。カラフルな部屋に派手な服、化粧品…オシャレが大好きな女の子の部屋だ。丈瑠ももしかしたら記憶が戻ったかも…またアヤカシの仕業なの? だとしたら戻らなきゃ。すごく気まずかったが丈瑠に電話をかけてみた。
「丈瑠…あの…」
「思い出したんだよな?」
「うん」
「ごめん」
「何が?」
「あんなところで、あんなこと…それに俺酷いこと言った」
「あれは丈瑠であって丈瑠じゃないから…私もそうだし」
「うん…」
「それより元に戻る方法を考えないとね」
「明日、志葉の屋敷に行ってみよう」
丈瑠の提案を受け、明日の放課後二人で行くことにした。だけど何で? 丈瑠は『志葉』という名字ではなく、あの屋敷にも住んでいない。茉子の家族はそのまま同じだった。急にいろんなことがあり過ぎて、茉子の頭は混乱し、なかなか寝付けなかった。
翌日、教室に入ると、挨拶もそこそこに美咲と香奈がかわりばんこに聞いてくる。
「昨日丈瑠と何かあったの?」
「何でもないの」
「それに制服もダサいし」
茉子は、化粧もやめて、入学前に買っていたこの学校の本来の制服を身に着けていた。一応、制服はあるが、ダサいと言って多くの生徒は着ておらず、昨日までの茉子のように自分で制服っぽい服を自分で用意していた。家族は驚いていたが、父親は今の方が茉子らしいと言ってくれた。
「もう、やめた。私、今日から真面目になる」
「えー茉子に似合わないー」
チャイムが鳴って、ブーブー言いながら美咲と香奈は席に戻った。丈瑠は茉子を一瞥したが特に何も言わなかった。
放課後になると、二人は急いで学校を出た。志葉の屋敷があった場所に行けば何か分かるかも。あんなに慣れ親しんだ場所なのに、志葉の屋敷に行くのにかなり手間取り、なかなかたどりつけなかった。ようやくたどり着いた場所に志葉の屋敷はなかった。広い雑木林が広がるばかりでしばし呆然と立ち尽くしてしまった。
あたりを見渡すと、その雑木林の近くに見慣れない寿司屋を見つけた。そこから、「うるせぇんだよ、親父は」と勢いよくドアを閉めた青年と目があった。詰襟姿で長身の痩せた青年に見覚えがあった。
「源太?!」
「丈ちゃん? それに茉子ちゃんか?!」
源太が全速力で丈瑠達の元へ向かってきた。源太は詰襟姿の高校生だった。
「私達を知ってるの?」
「当たり前だろ、って昨日突然にだけどな」
「そうなの? 私達も昨日急に…」
さすがに目覚めたきっかけは源太に話せなかった。
「二人は近いところにたんだな」
「これってやっぱりアヤカシの仕業なのかな?」
「かもな。だけど元の世界に戻る方法が分からねぇ」
「ここが源太の実家なの?」
「おうよ。小さい頃からここに志葉の屋敷はなかったし、俺んちは夜逃げしなかった」
「私も両親と一緒に暮らしてる」
「丈ちゃんはどこに住んでるんだ?」
「…両親と普通の家で暮らしてる」
「へぇ、じゃ先代殿様と一緒ってわけか」
茉子は丈瑠の表情が心なしか曇ったのが分かった。しかし、それに構わず源太は続けた。
「流ノ介に会いに行かないか? 流ノ介が歌舞伎役者をやってるなら探すのはたやすいはずだ」
源太はすぐに自分の携帯を取り出して調べ始めた。ほどなく流ノ介の名前を探し出し、しかも今、芝居の公演中だという情報まで得て、すぐにチケットを取った。
「明日一緒に行こう」
源太は駅まで送ってくれてそこで別れた。
「お父さんとケンカでもしたの?」
「まぁそんなとこ。寿司屋を継げって言われてさ、俺にはやりたいことがある!なんて大口叩いたよ。今まではただ寿司屋を継ぐのが嫌なだけだった。でも今なら分かる。侍になりたかったんだよなぁ」
源太の言葉にずきりと来た。茉子は侍の修行をしているときは普通の生活をしたいと思っていた。昨日までは学園生活を楽しんで適当に短大にでも行って…などと特に夢もないような生活を送っていた。丈瑠も案外同じようなことを思っていたのかな。源太と連絡先を交換し、明日学校まで迎えに来てくれると約束してくれた。流ノ介も千明もことはも何してるんだろう? 早く元の世界に戻らなきゃ、そう思っているのに普通に学校に通わなければならず、友人達の会話も上の空で学校にいる時間が異様に長く感じた。
友人達に別れを告げ、学校を出る。校門で源太が待っていた。
「あれって茉子の彼氏?」
「だって丈瑠も一緒だよ」
「何か丈瑠も変わっちゃったよね。無口になったし髪も黒くしちゃうし」
ベランダで茉子を目で追いながら美咲と香奈は噂し合った。
三人は元の世界に戻れるよう考えたが、ここは完全にシンケンジャーのいない世界でどうやったらこの世界を抜け出せるのかさっぱりわからなかった。
「前もこういうことあったじゃない?」
先日もデメバクトというアヤカシに幻の世界に閉じ込められた。あのときは、彦馬が必死に呼びかけてくれていた。
「今回も同じか? それにしてはずいぶん長く感じる」
「流ノ介は覚えているかな?」
「覚えてくれていたらいいけど…」
三人は流ノ介の歌舞伎を鑑賞した。流ノ介は舞台上でキラキラ輝いていた。これが本来流ノ介がしたかったこと。でも、戻らなきゃ。ファンだといい、思いきって楽屋を訪ねてみた。
「殿、茉子、源太!」
流ノ介もまた三人と同じ頃に思い出していた。千明やことはを集めればどうにかなるんじゃないかと話し合った。流ノ介もまた記憶が戻って、早く戻らなければならないと考えていたようだ。
「じゃ明日はまたあの屋敷跡へ行こう」
しかし、どうしても千明とことはの連絡先を思い出すことができず、もどかしかった。
翌日、丈瑠と茉子の学校の前に、源太と流ノ介が迎えに来ていた。電車を降りた四人は、例の場所へ向かった。やはり雑木林のままだったが、中学生くらいの男の子とその母親らしき女性、若い女性に連れられた女の子がいた。
「千明、ことはなの?」
三人は召集の時より幼い二人に会えた。ことはを連れていた女性は本来シンケンイエローになるべき姉のみつばだった。
全員がそろうと、聞こえてきたのは彦馬の声ではなかった。低く恐ろしいアヤカシの声。
「絶対解けない術をかけたはずなんだがなぁ」
「姿を現せ」
記憶が戻る前までの丈瑠とは違う、低い声で丈瑠は呼びかけた。
「そっちの世界に行くことはできない。こっちに引き戻すことは出来るが」
「だったらさっさとそうすればいいだろう」
「いいのか? そっちにいた方が楽しくはないか?」
皆それぞれ自分の望んだ生活をしていた。流ノ介は歌舞伎に思う存分打ち込み、茉子は両親と暮らし、源太の実家も夜逃げなどせず、千明の母も生きている、ことはは大好きな姉が病気もせず健康に暮らしている…
「困っている人を見殺しにはできない」
あぁ完全に志葉丈瑠だ。みんなの想いも一緒だ。幼い千明もことはも家族に別れを告げ、元の世界に戻った。
アヤカシはシンケンジャーに甘い夢を見せた。戦意を喪失させ、あの世界に留まり続けることもできたらしい。長い時間過ごしていたように思ったが、こちらと時間の流れは違っていたようだ。愛する者が気持ちを通じ合えた幸せの絶頂で術が解ける。
「へー、気持ちが通じ合えたって何かあったの?」
中学生の千明が無邪気に尋ねる。
「それが謎なんだよ」
「殿、何か知りませんか?」
「さあな」
「茉子ちゃんは何か知ってる?」
「うーん、どうかなぁ」
ことはに曖昧に答えたが、誰にも言えるはずがなかった。
アヤカシを倒したが、迷いはなかったとはいえ、もう一つの世界のことを想った。
みんなに先を歩かせ、丈瑠に歩調を合わせた茉子が誰にも聞かれないようにそっと聞いた。
「不思議だったんだけど、丈瑠の望んだ生活って、名字が違ったことや志葉の屋敷がなかったことと何か関係ある?」
「さあな」
茉子はこれ以上聞くのをやめた。
「丈瑠ってあんなにチャラい高校生活を送りたいと思ってたのね」
「人のこと言えないだろ」
これにはお互い苦笑するしかなかった。侍とは関係のない全然別の人生を送りたいと願ったのかもしれない。
目の前をキャーキャー言いながら女子高生のグループがすれ違った。どこか美咲と香奈に似ている。もう一人は地味な…つばきといったっけ。つばきはクラスでは浮いた存在だったが、この三人組は仲がよさそうで、好きな男の子のことを話しているようだ。その三人は、すれ違いざま、丈瑠と茉子を不思議そうに見ていた。
「戻りたいか?」
茉子は黙って首を振った。
「丈瑠の方こそどうなのよ」
「今はドウコクを倒すだけだ」
「そうね」
二人は並んで歩く。
「もう少し記憶が戻るのが遅かったらな」
「何言ってんの」
「これからでも続きは出来るけど」
「今の私はあんなに大胆になれないし、甘えられない」
歩いている二人の手が触れ合って、いつしか手をつないでいた。その手に力が入る。
数日は鮮明だったもう一つの世界の記憶は日に日に消えていった。だけど、あの後からしばらく茉子と丈瑠は唇を重ねるたび、あのときのお互いの姿がよぎった。