Mission25後くらいの青黄。
指令室の休憩スペースにリュウジがいた。前に陣が買ってくれた(正確には買わされた)マシンエンジニア必読の技術書を読んでいて、集中したリュウジはヨーコが近付いても気付いてはくれない。空いた椅子をリュウジのそばに引きよせて、そこに座って本を覗きこんだ。
「ヨーコちゃん、何?」リュウジは本に視線を落したまま言葉を発した。
「面白い?」ヨーコはリュウジの肩に頭を寄せた。
「面白いよ」リュウジは本に夢中のようだ。
「ふぅ~ん」ヨーコは、ぷいといなくなってしまった。ちょっと冷たかっただろうか、とリュウジは思ったが、構わず本を読み続けた。遠くなった足音がまた近づいてきた。ヨーコは昆虫図鑑を手に戻ってくると、またリュウジの近くに座った。
「どうかした?」今度は一旦本を閉じてヨーコの方を見た。
「これ、読んでるだけだから」ヨーコはリュウジの背中を背もたれみたいに寄りかかって本を読み始めた。制服越しから体温が伝わってくる。
「ヨーコちゃん?」
「…無理しないでね」
「え?」
「リュウさん死んじゃ嫌だから。どこかへ行っちゃうのもナシだし」本に視線を落としながら、つぶやくように言っていた。リュウジのウイークポイントが分かって、ヨーコなりに心配してくれているのだろう。
「このウイークポイントがヨーコちゃんじゃなくてよかった。ヨーコちゃんがこれ以上凶暴になったら、俺止める自信ないよ」リュウジはヨーコのほうへ振り返って笑った。
「リュウさん、ひどい」ヨーコもリュウジと顔を見合わせて笑う。
あれから少しして、医務室に眠るリュウジの傍にヨーコがいた。今回は自ら熱暴走を起こして戦ったのだという。
「リュウさん」
「ヨーコちゃん?」少しかすれた声でリュウジが答えた。心配そうな顔を見せるヨーコの頭に手を乗せてリュウジは笑顔を見せた。
「大丈夫だから」
昔からずっとそう。リュウジはヨーコに心配させまいといつも笑顔を見せてくれる。だがやはり疲れが残っているのかまたまどろみだした。おでこに貼られた保冷剤はすっかりぬるくなっていて、新しいものに貼り替えた。さっき触れた手もまだ熱があった。
ヒロムやヨーコのウイークポイントは2人を戦闘不能状態にさせてしまうが、リュウジだけはいつもよりパワーアップして戦うことが出来る。しかしそれはリュウジの体に大きな負担をかけてしまっていた。
「全然大丈夫じゃないくせに」ヨーコはふくれっ面をして、リュウジの顔を見る。
いつも穏やかで優しいリュウジが、一度熱暴走を起こすと凶暴になり、ヨーコに酷い言葉を吐いたこともあった。初めて見たときはショックを受けたが、13年間ずっと隠していたと知って、リュウジの心遣いが嬉しくもあり、心苦しくもなった。
リュウさん…ヨーコの声が聞こえた気がして目の覚めたリュウジは、ベッドに突っ伏して眠っているヨーコが視界に入った。ずっとついててくれたんだ…。ヨーコの形のいい頭をなでる。
「ん…あれ、私…」
「よだれ出てるよ」
「え!」ヨーコがあわてて口の周りをぬぐった。
「嘘」リュウジは起き上がりながら、体中に貼られた保冷剤をはがしていく。
「ついててくれてありがとう」リュウジは手を止め、ヨーコに笑顔を向ける。
「これからは私もリュウさんを守るからね」ヨーコは凛々しい顔をして言う。
「ヨーコちゃんに守ってもらえるなら頼もしいな」リュウジは腕を伸ばし、ヨーコの頭をいつものようにポンポンとなでた。その手をゆっくり下ろし頬に当てる。ヨーコはぎゅっと目を瞑った。唇が触れそうなほど顔が近づいたとき、突然ドアをノックする音がした。
「リュウジ、もう大丈夫か?」ゴリサキの声だ。リュウジは外にいるゴリサキに「大丈夫だ」と声をかけ、ヨーコの顔を見た。
「これでも俺、ヴァグラス倒すまでは~とかヨーコちゃんが成人するまでは~とかいろいろ考えてたはずなのになぁ~」リュウジが頭をかいた。
「そんな我慢されたら嫌だよ。私だってもう17歳だよ」ヨーコが口を尖らせた。リュウジは拗ねたヨーコを制してドアを開けた。
「あれ、ヨーコあれからずっといたのか? ウサダが宿題どうとか探してたぞ」ゴリサキがリュウジの後ろにいるヨーコの姿を見つけて声をかけた。
「ゴリサキ、俺はもう大丈夫だから。心配かけて悪かったな」ゴリサキを先に促すと、リュウジは振り向いてヨーコに声をかけた。
「続きはまた今度、だね」
「何の話だ? リュウジ」
「こっちの話、ね?」
「うん!」ヨーコはリュウジの腕を絡ませて歩いた。
「それより先に宿題かな」ぴたりとヨーコが立ち止まる。
「お願い! リュウさんも手伝って」両手を合わせたヨーコが必死に頼み込んできた。
「今日はずっとついててもらったしね。でも自分でできるとこまでやらなきゃだめだよ」
「わかってる」
自分達のウイークポイントのこと、ヴァグラスのこといろいろあるけど…リュウさんと一緒ならきっと楽しい、きっといろいろ乗り越えられる…ヨーコは力がわいた。