秋頃。青→桃←金話。年少組は今回はお休みです。流ノ介がバカっぽくてすみません。
源太の屋台のカウンターには正面に茉子、両隣に丈瑠と流ノ介が座っていた。千明やことはを先に帰し、今日もまた酒を飲んでいた。
「茉子、必ず外道衆を倒そう」今日の流ノ介はやけに茉子に絡んでいた。
「分かったから。今日は飲みすぎじゃない?」
「丈ちゃん、席替わった方がよくないか?」いつもは面白がる源太もさすがに呆れ顔だ。
「そうみたいだな」丈瑠が立ちあがりかけると「イエ、殿と言えど今日は譲れません」流ノ介の目はすわっていた。
「茉子の心は殿でいっぱいなんです。たまには私と語らってもいいではありませんか!」
「何よ、それ」茉子まで大きな声が出た。
「茉子のことは私がいつも見てる」
「へ~え、そうなんだ」源太は面白いものでも見つけたように目を輝かせた。
「そんなのウソ! なんでいつも丈瑠のことばっかり考えてるの? 今は外道衆でしょ」
「…茉子、強がりはよせ。私は茉子のためなら自分の恋心さえっ」そこまで言うと茉子の方に頭を持たれかけて流ノ介は眠ってしまった。
「あ~あ寝ちゃったよ。聞きたかったなぁ、続き」源太はニヤニヤしながら茉子と丈瑠の顔を交互に見つめた。
「流ノ介ってば嘘ばっかり」流ノ介の頭が重かったが、茉子はどうにもできずにいた。
「あながち嘘とは言えないんじゃねぇの? だってこいつは役者だろ。案外色恋には鋭いんじゃねぇのかな」
「…そうなのか」茉子にもたれかかった流ノ介をうっとおしそうに見ながら丈瑠がつぶやいた。
「違う違う、もうやめてよ」
「…茉子…」流ノ介の体重が茉子にかかって、茉子の体勢が崩れる。「流ノ介、重いよ」
「あーあーもうしょうがねぇ奴だ」源太がカウンターから出て流ノ介を起こそうと乱暴に体をゆすった。「流ノ介、いい加減にしろ」
「どうしたのかな、流ノ介。いつもはこんな酔い方しないよね」
「丈ちゃんと茉子ちゃんがいちゃついてるところでも見たんじゃねぇの? 案外こいつ繊細だし」
お茶を飲んでいた丈瑠が派手にせき込んだ。
「何だよ丈ちゃん! 心当たりでもあんのか?」
「ないよ! ねぇ丈瑠?」
「…あ、あぁ。今日は帰るぞ」丈瑠は立ち上がり、茉子を促した。
「流ノ介、帰ろ」茉子が流ノ介の方に手を置いた。その手を両手で取って流ノ介は茉子を見つめた。
「茉子、ありがとう」さっさと手を取って流ノ介は歩き出した。
「ち、ちょっと流ノ介?」
「いいのかよ、丈ちゃん?」
「…仕方ない、酔っ払いのやってることだ」じゃあな、と源太に別れを告げて3人は歩き出した。
流ノ介に手を引かれながら前を歩いていた茉子が振り向いて丈瑠を睨む。「流ノ介、どうにかしてよ」
「そんなに害はないだろ」
「…何か見られたっぽいけど?」
「…何もしてないだろ」
「いーや、私は確かに見た」ふらふら歩いていた流ノ介が突然会話に割り込んで来た。
「2人はそうやって見つめあうんだ。そしていつも私を仲間外れにしてー」ぶんぶんと茉子とつないだ手を振り回しながら流ノ介が言う。
「もー流ノ介ったらいい加減して!」
「手をつないでいるのを許してやってるんだ、流ノ介」いつもより一段と低い声で丈瑠が言うと、流ノ介がぴしりと固まった。
「…許すとか許さないとか丈瑠の物でもないのに」
「殿、申し訳ありませんでした」すっかり酔いが醒めたらしい流ノ介がしゅんとしていた。それを見ていた茉子の目の色が変わった。
「だから流ノ介って放っておけないのよね。帰ろっか」茉子が流ノ介の肩をポンポン叩きながら寄り添って歩き出した。
仲良く寄り添う二人に、今度は流ノ介に見せつけるように茉子に何かしてやろうかと丈瑠は考えていた。
そして後日…
暗がりにダイゴヨウが柔らかく光っている。源太の屋台に今日は流ノ介ひとりだ。
「この間はえらく荒れてたじゃねぇか」
「…」珍しく流ノ介は元気がない。
「この間、たまたま見たんだ」
「やっぱり丈ちゃんと茉子ちゃんのいちゃついてるところを見たのか?」
「そんなんじゃない」
流ノ介は日々、侍の稽古のほかに歌舞伎の稽古も続けていて夜遅くまで起きていることも多い。あの日は月のきれいな晩で何となく庭に出てみることにした。
「二人で月を見てたんだ」
「それで?」
「それだけだ」
「何だよ、それ」
「二人の間に割って入れるほど私は無粋な人間ではない」
「そぉかぁ?」
「茶化すな。源太だってあの場にいたら何も出来ないと思うがな」
「…まぁあの二人はもう出来上がってる感じだからなー」その発言に今度は流ノ介が驚いていた。
「源太、お前…」
「あんな朴念仁が惚れてる女がどんなか見ているうちにな。まぁ今日は飲もうぜ」
「源太とは違うけどな」
「どういう意味だ」
「茉子とは夢も語り合ったし、夜も明かしたのだ」
「はぁ? 何だよ、それ」
「志葉家で暮らし始めた頃のことだ。私が落ち込んでいるとき、茉子は力いっぱい抱きしめてくれた。今でもあの感触は忘れられない」急に流ノ介はニヤニヤし始めた。
「お前、茉子ちゃんの前でそんな顔したら殴られるぞ」源太はあきれている。
「だが、源太はそんなことされたことはないだろう?」
「…っ。俺だって茉子ちゃんに慰められたことくらいある」寿司恐怖症になったときに、茉子は優しく慰めてくれたことがあった。
「夜を明かしたときは目が覚めたときに茉子の顔がすぐ近くにあってな、かわいかったな~。寝顔が意外と幼くてな…」流ノ介はすっかり夢見るようなトロンとした目つきになっている。
「そうはいっても茉子ちゃんは…」丈ちゃんのものだ、と言いかけてやめた。自分でも空しくなるのは分かっていた。
「源太、こうだぞ」流ノ介は立ち上がり、流ノ介を屋台の外に引っ張り出した。そして、源太の頭を自分の胸でぎゅっと抱きしめた。「茉子はこうやってぎゅっと抱きしめてくれたんだ」流ノ介は案外力強く、源太はやっとの思いで流ノ介の腕をふりほどいた。
「ったく何すんだよ…けど、ホントにそんなことしたのか?」源太も茉子のぎゅっとする癖は聞いてはいたが、実際に目にしたことはなかった。
「あぁ本当だ。これは私と茉子以外は知らない」ふらふらとまた屋台に座りなおし、屋台のカウンターで頬杖をついた。「茉子が言ってくれたんだ。夢は捨ててもまた拾う。だから私は今でも歌舞伎の稽古を欠かさない」
「茉子ちゃんの夢か…」源太も以前、聞いたことがあった。普通のお嫁さん、お母さんになること。「…丈ちゃんなら叶えられるって言うのかよ」
「…それは」流ノ介もさすがに口ごもった。家と家の問題で、そう易々とクリアできることでもないだろう。
「流ノ介、また飲んでるの?」茉子が暖簾をくぐって屋台に顔を出した。
「茉子、一人で来たのか?」
「うん、散歩がてら」流ノ介の隣に座った。
「茉子ちゃん、いくらなんでも危険だよ。こんな奴のために」源太は茉子に温かいお茶を出した。ありがと、と茉子は応じ、「だって最近流ノ介、なんか変だし」
「私は変ではない」
「こいつは元々変だから」
「源太!」源太を怒鳴りつけると、流ノ介は茉子に向かって語りかけた。「…茉子、私のことは心配するな。茉子こそ何かあったら私に言ってくれ」
「? わたしは大丈夫だよ」
「何かあったら私が力になる」自分に納得したようにうんうんと頷いている。
「酔っ払ってるから話半分に聞いてやってよ」源太も口を挟んだ。
「心強いよ、二人がいてくれて」
「茉子…」流ノ介は涙ぐんでいた。源太までいつものようなおちゃらけた感じもない。
「え…どうしたの? 二人とも」
「茉子、明日も早い。帰ろう」うっすら涙を浮かべた流ノ介が茉子の手を取った。「茉子のおかげで元気になれた。ありがとう」
「…じゃ源太またね」酔っ払いのテンションになんとなくついていけない茉子だったが、流ノ介を連れて帰って行った。
「おう、明日な」
茉子ちゃんは何だかんだいっても平等に心配してくれるんだよな。流ノ介みたいな奴ってほっとけないよなぁ、好きになるかは別にして。二人を見送る源太の背中は少し寂しげだった。