PeachRedRum

高梨臨ちゃんのファンです

漆黒

第四十一幕後あたりの殿茉子。

 

 

「腹を壊してた」丈瑠がいい、みんなが笑う。茉子には思うところがあったが、直接口には出せなかった。ホントはみんなだって丈瑠の言い訳がウソだと分かっているかもしれない。ことはに促され笑みを浮かべて見せたものの到底納得できるはずはなかった。

 

 夜中まで歌舞伎の稽古をしている流ノ介が眠るのを待って、茉子はパジャマ姿のまま、竹刀とカーディガンを手にして志葉邸の庭に出た。さすがに12月ともなると冷える。しばらく素振りをしていた。何も考えずただ一心に竹刀に神経を集中させた。少しだけ体が温まったところで縁側に座ってカーディガンを着た。志葉邸の周りは人家もまばらで街の明かりも見えない。今日は曇りで月も隠れている。静寂。漆黒。自分が急に独りぼっちになった気がする。

 

「何してるんだ、風邪ひくぞ」

 茉子が振り向くとパジャマ姿の丈瑠が立っていた。

「今、体を動かしてたから大丈夫」茉子が答える。

「…隣、いいか?」

「どうぞ」沈黙が広がった。

「…この間は、悪かった。突き飛ばしたりして」丈瑠は茉子の方を見ずに言った。

「いいよいいよ気にしてないから。それに私だってあれくらいで倒れたりして情けないなーって。もっと鍛えなきゃね」

「…」

「いつかは話してくれるんだよね? 本当の理由を」

「…」

「わたしもう寝るから」立ち上がった茉子の手を丈瑠が掴んだ。

「もう少しだけいてくれないか」茉子はもう一度丈瑠の隣に座りなおした。丈瑠は茉子の手を離そうとしない。

「何も答えてくれないのにそばにいろっておかしくない?」茉子は丈瑠の顔を見るが、丈瑠は庭を見ているだけだ。

「冷たいな」

「え?」

「体が冷え切ってる」

「だから早く部屋に戻って…」と言いかけた茉子を丈瑠が抱きしめた。

「…なんで、何でそんなことするの?」丈瑠から『好きだ』なんて具体的な言葉を聞いたことはない。だけど、丈瑠はこうして茉子を求めてくる。茉子はその度に応じてきた。もう丈瑠に問いかけるのをやめて、その体に身を預けた。丈瑠は何を聞いても答えてくれない。だけど茉子を必要としている。それだけで今は十分。

「もういい。今は何も聞かない」丈瑠の胸に耳を当てたとき、丈瑠の心臓の鼓動がすごく速くて茉子は思わず笑ってしまった。

「なんだ?」

「何でもない」丈瑠を見上げた茉子の顔を丈瑠が見つめていた。何か言おうとする茉子の口は丈瑠の唇でふさがれていた。茉子は目を閉じて丈瑠を感じる。長い口づけだった。

「部屋に来い。この状態じゃ眠れそうにない」

 今度は茉子から軽い口づけをした。「おやすみ」

 

 やっぱりまだだめ。丈瑠からホントのことを聞くまではここまで。本音を言えば茉子だってこのままじゃ眠れそうもなかったが、丈瑠とは本音で向き合いたい。ホントの丈瑠、早く見たいなぁ…さっきまでの暗い気持ちがすっかりなくなった…とまでは言えないけど、少しだけ心が軽くなっていた。