第四十三幕~四十四幕の間。茉子の誕生日に絡めた年末の頃。赤桃前提オールキャラ。
アクマロを倒し、クリスマスも終わり、街は年末の慌しさが感じられる。そんな中、茉子は久々にウインドウショッピングを楽しんでいた。
クリスマス、楽しかったなぁ…アクマロを倒した直後でテンションも上がっていたけど、あんなに大人数で過ごすクリスマスは初めてだった。聞けばみんな似たようなものだといい、いつも丈瑠に忠誠を尽くす流ノ介でさえ、クリスマスツリーの飾り付けについて、あれこれ丈瑠に指示してたっけ。そんな丈瑠も楽しそうで…。
茉子は思い出してひとり微笑んでしまった。
そんな頃、志葉邸では…
「姐さんの誕生日が17日ってマジかよ?!」
「そんなの聞いてないぞ」流ノ介が情けない声を出す。
「茉子ちゃん一言も言ってくれんかった」ことはが心底哀しそうな顔をする。
「まぁアクマロの事もあったしな、茉子ちゃんらしいっちゃらしいけどどうする? 丈ちゃん」
「…」
「そりゃサプライズパーティーしかないだろ!」
「殿の部屋を準備に使わせてもらおう、いいですよね? 殿」
「それはかまわないが」
「だけど茉子ちゃん勘がいいから大丈夫やろか?」
「茉子は何が欲しいだろう?」ポツリと流ノ介が漏らす。今ではずいぶん打ち解けたといっても、やっぱり茉子は自分のことを進んで話す方ではない。
「…そうだな。丈瑠がそれとなく聞き出せ」
「いや~丈ちゃんじゃ無理だろ」
「丈瑠なら言うって事もあるかもしれないぞ?」千明が言うと、流ノ介も源太も黙ってしまった。
「殿様が聞くのが一番いいと思います」ことはがキラキラした目で丈瑠を見た。
「千明、頭いい」ことはに言われて、千明は照れくさそうにしていた。
「俺が…か」
「ただいまー」程なく茉子が帰って来た。
「殿、頼みます」
「丈ちゃん、うまくやれよ」口々に言い、丈瑠以外はそっと柱の陰に隠れ、丈瑠は茉子の目の前に立った。
「丈瑠、どうしたの?」
「…茉子、何か欲しいものはあるか?」
あまりにストレートな物言いに流ノ介たちはずっこけた。
「え? 欲しいものなら今日買ってきたし…」茉子は雑誌が入った紙袋を見せた。
「誕生日だったんだろ」
「誕生日? それはいいの。家にいたときもクリスマスと一緒になってたし」茉子は誕生日を忘れられていたことを全く気にしていないようで、丈瑠に笑顔を見せると自室に向かおうとした。
「欲しいものを言え」
「だから…クリスマス楽しかったよ。あんな楽しいクリスマス初めて」
「クリスマスと誕生日は別だ」
「じゃ丈瑠がほんとのことを話してくれるとか?」茉子が丈瑠をじっと見つめた。
「それは…」言い淀んだ丈瑠に今度こそ背を向けて茉子は歩き始めようとした。
「だーっもう!」我慢しきれずに源太が飛び出した。
「水くせぇじゃねぇか、茉子ちゃん」
「うちらお祝いしてへんし」
「そうだぞ、私が祝いの舞を…」
「流ノ介、今はいいから」千明が流ノ介をなだめた。
そんないつもの光景に茉子は優しい笑顔を浮かべた。
「ホントに気持ちだけで嬉しいよ…家族にもそんなことしてもらったことないしね。だけどいくらアクマロを倒したといってもそんなにはしゃいでいられないんじゃない?」
いつの間にか真面目な表情で語りかける茉子に返す言葉が見つからなかった。
「茉子の言う通りだ」彦馬が奥座敷に入ってきて言った。
「浮かれている場合ではないぞ。明日は黒子たちと大掃除と正月用の餅つきの手伝いをしてもらう」
「げーっ掃除かよ!」千明が真っ先に声を上げる。
「俺は屋台があるから…」源太がそそくさと逃げようとする。
「皆、真面目にやったらつきたての餅が食えるぞ」
千明や源太はまだぶつぶつ言い、丈瑠は物言いたげに茉子を見ていた。
翌日。朝から志葉家から用意された作務衣に着替え、頭に手拭いをかぶった六人がいた。
「さぁ真面目にするんだぞ」彦馬の掛け声で一斉に作業にかかる。六人はいつも使っている奥座敷を任された。
「ったく何で俺がこんなことを…」と足で雑巾掛けを始める千明に流ノ介が注意をするが、まったく聞き耳を持たず、またいつものケンカが始まった。源太がなだめにかかるが、いつの間にか源太と流ノ介と言い合いになり、ますますにぎやかになっていた。ことははバケツの水をひっくり返し、床を水浸しにしてしまうし、なかなか作業がはかどらない。
茉子は落ち込むことはを慰めながら、床の掃除をする。水をふき取るとピカピカに磨かれた床が見えてくる。いつも黒子さんが丁寧に掃除をしてくれているから本当は大掃除なんて必要ないのかもしれない、と茉子は思う。六人一緒になって何かをするなんて、もう多くはないのかな…。
「そんなに汚れているのか?」熱心に床を磨いてるように見えたのか茉子に声を掛けた者がいた。
「ううん、何でもないの」声のするほうに顔を向けると、揃いの作務衣に身を包み、いつも奥座敷に飾っている壷を手にした丈瑠がいた。そんな丈瑠の姿に思わず笑いを漏らすと
「何がおかしい」丈瑠がぶっきらぼうに言う。
「まさか丈瑠まで一緒に掃除するとは思わなくて…似合ってるよ」
「…誕生日のこと、何もできなくて悪い」
今まで言い争っていた流ノ介、千明、源太の動きが止まり、奥座敷が静まり返る。茉子が何か言おうとしたとき、彦馬が声を掛けてきた。
「皆、外に出ろ。餅をつくぞ」
「うわー本格的」千明が大きな声を出す。木の臼と杵で餅つきをするなんて昔話の挿絵でしか見たことのない現代っ子たちに志葉家の庭に用意された昔ながらの餅つきセットは新鮮に映った。
最初は黒子たちが杵でこねたり、返したりしていたのをただ黙って見ていたが、そのうち「よし俺に任せろ」と源太が名乗り出て杵で餅をつく。それを黒子が慣れた手つきで返していく。男性陣が順に杵を手にする。日々鍛えているとはいえ、結構体力を使うらしい。
「わたしもやりたい」茉子が千明から杵を受け取る。
「重いから気をつけて」
茉子が餅をつく。汗がうっすらにじんでくる。ことはやみんなが声援を送る。
「みんなありがとう」餅をつきながら茉子が言った。
「何もできなかったなんて思わないで。ドウコクを倒したら盛大にお祝いしよう」
茉子にとって誕生日を祝ってもらえないことはたいしたことではなかった。ずっとひとりぼっちだと思っていたのにこうして仲間と一緒にいられることが何より幸せだと思った。
「あー疲れた、交代!」
「まぁそろそろいいだろう。後は黒子に任せよう」
黒子特製のあんこやきなこもちをそのまま縁側に座って食べた。ことはが茉子の隣に座り、談笑する。
「茉子ちゃん、絶対ドウコク倒そうね。うちも頑張る」
「うん、頑張ろうね」
「茉子、そのときは今度こそ私が舞を…」
「それはいいって」
「俺が腕によりをかけてご馳走作るぜ」
仲間に囲まれて柔らかな笑顔を見せる茉子を見つめる丈瑠がいた。
「お前たち、そろそろ作業に戻れ。殿も怠けていたら容赦しませんぞ」彦馬の声にそれぞれがまた奥座敷を掃除し始めた。今度は千明もおとなしく作業している。そんなとき、バケツの水を取替えに奥座敷を出た茉子の後を丈瑠がついて行った。
「何?」茉子が振り返る。
「遅くなったが…誕生日おめでとう…その…茉子がいてくれてよかった」何とか自分の中にある言葉を搾り出すように言う丈瑠に茉子は戸惑い、大いに照れた。
「あ、ありがと!」真っ赤な顔をしてジャブジャブ雑巾を洗う茉子とそれを不思議そうに見つめる丈瑠がいた。
普段、寡黙なのにどうしてこうも自分の欲しい言葉を言ってくれるんだろう。茉子にとって最高のプレゼントをもらった日になった。