ギンガマンの再放送で36章に、シンケン三十七幕の接着大作戦のような手つなぎ話が出てきたので、その設定を借りました。時系列としては三十七幕以前くらい…夏の終わりくらいと思ってください。
その日、ナナシたちを蹴散らした殿と家臣たちが志葉邸に戻ってくると、玄関先で黒子たちが何やら作業をしていた。
「黒子ちゃん、何してんの?」千明が声をかけると、驚いた黒子の一人がボウルに入った液体を地面にぶちまけてしまった。
「きゃ…」茉子が右手でその液体から自身をかばったが、少しだけ右手にかかり、その上、バランスを崩し倒れそうになったところを近くにいた丈瑠が左手を伸ばし、茉子の右手を握った。
黒子たちが大慌てで茉子たちに頭を下げた。茉子も丈瑠に礼を言って手を離そうとしたとき
「…嘘」丈瑠と茉子の手がぴったりとくっついていた。茉子は手を離そうとするが、どうしても取れない。流ノ介も二人の手を引き離そうとする。
「いたたたたっ」茉子はたまらず叫び、丈瑠は顔をしかめた。
「あっすまない、茉子。殿も申し訳ございません」
「流さん無理したらアカンって」
「黒子ちゃんがすぐに剥がし液作るってさ」
黒子たちは、屋敷の修繕に志葉家に代々伝わる接着剤を用いて作業をしていた。その接着剤はかなり強力ではあるが、特製の剥がし液を用いれば、1分から1週間程度で離れるという。
「何よ、そのタイムラグは…」茉子は絶望的な気分になった。このままずっと丈瑠と一緒というのはいくらなんでも不都合が多すぎる。彦馬は外出していてまだ戻らないらしい。
とりあえず5人は奥座敷に移動した。丈瑠は妙に落ち着いていて、いつもの場所に座ろうとした。
「茉子も隣に座れ」
「何でこんなときまで冷静なのよ」
「起こってしまったことは仕方ない」
ほどなく剥がし液を作ってくれた黒子に感謝しつつ、液体に二人で手を浸す。しかしさすがにすぐには離れてくれない。
それにしても…
「千明、面白がってない? さっきからニヤニヤして」
「別にいいじゃん。オレが流ノ介とそんなことになったらそりゃ絶望的な気分にもなるけどさ」
「なにぃ? それはこっちのセリフだ」
「流さん、千明ケンカはやめてよ」
千明が何かひらめいたらしく、茉子の顔を見た。
「あ、そうだ。なぁ、源ちゃんのとこ行かね?」
「このままで?」
「この姿だからだろ? 源ちゃんに見せつけてやろうぜ」
「もー何言ってるの」茉子はさっきから妙にはしゃいでいる千明にあきれた。
「でもせっかくやし」ことはまでニコニコと言う。さっきから丈瑠は無言のままだ。
「だってこのままここにじっとしていても仕方ねぇだろ。やるべきことはやったんだから。あ、このまま2人っきりにしてくれって言うなら話は別だけど」
「千明! 丈瑠も何か言ってよ」
「…まぁ気分転換にいいかもしれないな」
「丈瑠?!」
「ねぇ変じゃない?」
「なんで? 普通のカップルにしか見えへんわ」「なぁ?」千明とことはが顔を見合わせて笑う。さっきから流ノ介の元気がないように思うが、茉子も自分のことで精一杯でそれどころではなかった。
茉子は丈瑠と手をつないで歩いているのが気恥ずかしく、さっさと源太の屋台に向かいたいのに、3人は妙にのんびり前を歩きながら、ウインドウショッピングをしている。
「ナナシ探索じゃなくぶらぶら歩くのもいいよな」
そんなとき、前から女子高生の集団が来た。すれ違いざま、女子高生たちのにぎやかな声がした。
「いーなー、ああいうの」
「ラブラブカップル!」
「お似合いだよねー」
「私も彼氏欲しいなー」
「普通のカップルに見えてんじゃん?」千明が振り向いてニヤリと笑った。ことはまでにこにこと笑いかけてくるのを茉子は曖昧な笑顔で返すしかなかった。茉子が丈瑠の顔を見上げると、相変わらず表情も崩さず歩いている。
もうすぐ源太の屋台に着くというとき、丈瑠と茉子は顔を見合わせた。黒子さんに塗ってもらった剥がし液が効いたらしい。茉子は、前を歩く流ノ介達に報告しようと少し前に進み出た。
が…丈瑠が無言で手を強く握って引き戻した。丈瑠の顔を見ると、静かに首を振る。
「まだ俺の手は離れていない」前の3人に聞こえないくらいの声で丈瑠が言う。
「でも…」
「おっよく来たなお前ら」先程まで一緒に戦っていたのに、もう店を開けた源太がニコニコと出迎えてくれた。
「なぁなぁ丈瑠と姐さん見てよ」
「…! ななな何だよお前ら!!」
「ま、こういうことになったんで源ちゃんももうちょっかいかけんのやめなよ」
「源太違うの、ホラもう…」と茉子が弁解しようとしても
「茉子、無理に離そうとするな、皮がはがれるぞ」丈瑠が平然と言う。
「皮? どういうことだよ?」千明やことはが源太に事情を説明するが、源太は納得がいかないようだった。
「もし1週間もかかったらどうするんだよ…風呂とかトイレとか」
「ふ、風呂?!」流ノ介が大げさに反応する。
「だからもう…」
「そのときはそのときだ」
ぶーぶー文句をいいながら源太が寿司を握る。
「茉子ちゃん右利きやからお寿司食べにくいやろ?」ことはが茉子の左側について寿司を食べさせてくれた。
「ごめんね、ことは」(ホントにごめんね)かいがいしく世話を焼いてくれることはに申し訳なくて、丈瑠をにらみつけるが、左手は茉子の手をしっかり握りながら、お構いなしに右手で寿司を食べている。
だが、本当はとっくに手が離れていることを強く言い出せない茉子もいた。さっきすれ違った女子高生に仲のよいカップルに思われたことも決して悪い気分じゃなかった。
「茉子ちゃん? どうしたんだよ」ふいに源太が顔を覗き込んだ。
「ううん、何でもない」源太は妙に鋭いところもあるから困る。茉子は慌てた。
「帰るぞ」丈瑠の声に皆いそいそと立ち上がる。
「じゃあな、源ちゃん」「ごちそうさま」源太にそれぞれ言って、別れた。
いつものように3人が前を歩く。後ろを歩く2人は先程から黙りがちだ。
「怒っているのか?」丈瑠が口を開く。
「え?」
「さっきから静かだ」
「考え事してただけ」
「何をだ」
「どういうわけかこういう状態のままにしてる殿様のこと」
「…そんなに嫌か」
「そういうことじゃなく」
「まだ離すには惜しい気がしてな」
「…私も別に嫌じゃないけど」丈瑠に誤解されたままでは嫌でぼそりと茉子が言う。
「じゃ屋敷に戻るまでこのまま」
「ん、分かった」
屋敷に着く直前になって「あぁ離れたぞ」と前を歩く3人に聞こえるように丈瑠が言い、やっと解放された。
「茉子ちゃん、大丈夫? 赤くなってる」ことはが駆け寄る。「え?」茉子が自分の頬に手をやると、ことはが「違う違う、手のひら」と笑いながら言った。
「うん、大丈夫。なんでもない」
「ホンマによかったなぁ」
「そうね」
「殿、よくぞご無事で」
「なんだよ、もう離れたんだ? つまんねぇ」流ノ介と千明が丈瑠を囲む「姐さんの手はどうだった?」
「千明! もういいでしょ」
「まぁお前たちには一生分からないだろう」こう言い残すと丈瑠はさっさと屋敷に入っていった。
「何だよ、オレらには触らせねぇって? ほんっとにムッツリだよな」
「千明!! 殿に向かってなんてことを」
「ホントのことだろ」
「千明も流さんもいい加減にして」わいわい騒ぐ3人を尻目に丈瑠の背中を見送りながら少し右手が寂しく感じる茉子だった。