赤桃前提のオールキャラ。第三十四幕後。
茉子は両親とつかの間の再会を果たしたが、別れの時が来た。
「茉子、元気でな」
「うん」
「それとこれ、見ておいてくれ。おばあさんにも話は通してある」
「なにこれ?」
「じゃあな」
「お父さん?」
茉子の父・白石衛は茉子の肩に手を置く。
「茉子は頼りにされることが多いんじゃないか? それ自体は悪いことじゃない。だが茉子にも心の支えが必要だろう」そう言うと肩に置いた手を頭にポンポンと乗せると響子の車椅子を押して帰って行った。
茉子が仲間の元へ戻り手渡された冊子を開いた。
「これって見合い写真じゃね!?」横から千明が写真を覗き込んできた。
冊子には、スーツ姿で微笑む真面目そうな男性の写真があった。そして封筒がひとつ。冊子を脇に抱えて、封筒の中身を確かめると、釣書が入っていた。釣書には、男性の詳しいプロフィールが書かれていた。
六人で頭を寄せ合って釣書を読んだ。
「久松家といえば名家じゃないか」
「三十二歳? オッサンじゃん」
「青年実業家なんやぁ」
「俺も似たようなもんだな」
「イヤそれは違うだろ」
それぞれ思い思い口にする中、丈瑠は無言だった。
「丈瑠、姐さん見合いするんだってよ、どうする?」
「白石家の決めたことだ。俺には関係ない」それだけ言うと、さっさと歩き出してしまった。
「丈瑠も案外冷たいのな」千明が心なしか怒っている。
志葉邸に帰ってから彦馬からも話があった。
「今の内に婚約だけして、戦いが終わったらすぐにでも結婚して欲しいそうだ」
「でも…」
「会うだけ会ってみたらどうだ? 茉子もいずれは白石家を受け継いでいかなければならないのだぞ」
「…はい」結婚は茉子の夢だった。だけど…
彦馬と話した後、廊下で丈瑠と偶然顔を合わせたが、何も言わずに立ち去ってしまった。
(丈瑠には興味のないことなのかな)
奥座敷には流ノ介達がいた。
「姐さん結婚するのかな」
「我々だっていずれしなくてはならないんだ」
「けど、寂しいな」ことはがポツリとつぶやく。
「ことは」
茉子が奥座敷に戻って来ると、ことはの顔が明るくなった。
「茉子ちゃん、どうすることにしたの?」
「彦馬さんとも話したんだけど、会うだけ会うのもいいかなって。ホラ、なかなかのイケメンじゃない?」
「けど、オッサンじゃん」千明は不服そうだ。
「そう? わたしは別に気にならないよ」
「茉子ちゃん、いいのかよ」珍しく真面目な調子で源太が尋ねた。
「だからー会うだけだし、向こうからフラれるパターンだって当然あるでしょ」努めて明るく茉子は答えた。
「シンケンジャーやめるわけじゃないし」
「そういうことじゃなくて、姐さんの望むことじゃないんじゃねぇの?」
「どうして? お嫁さんになるのは私の夢だよ。じゃ部屋に戻るから」何か言いたげなみんなを残して、茉子は奥座敷を後にした。
夜中にそっと部屋を出て、縁側に座った。秋風が心地よい。ぼんやり中庭を眺めた。写真の男の人は優しそうな人だった。十歳以上も年上の人。白石家をこれからも繋いでいくためには…
「眠れないのか?」突然背後から声をかけられた。そこには流ノ介の姿があった。
「うん。何となく、ね。そっか、流ノ介は毎日こんな時間まで起きてるんだよね」
「…見合い、気がすすまないのか?」
「そんなことないよ。大人になったら家で決めた人と結婚するなんて分かりきったことじゃない? 流ノ介だってそうでしょ?」
「それはそうだが…」
茉子はどこか上の空で中庭を眺めている。
「こんなところに長いこといたら風邪ひくぞ」
「ありがとう。おやすみ」
流ノ介が去る。茉子はそっとため息をついた。
次の日。茉子はいつも通り稽古をしていた。元気がないとか空元気とかそんなこともなくいつもと変わらなかった。
ただ、ことはは稽古のあとも茉子にぴったりくっついて離れない。
「わたし今日は出かけなくちゃならないの」
「ウチも行く」
「お見合いの時に着る服買いに行かなきゃならないの」
茉子以外がピクリと反応する。
「やっぱ着物とか着ちゃうわけ?」千明が聞いてきた。
「ん~当人同士だけで会う軽い食事会だからね、そこまではしないかな。じゃ行くから」
「ホントに見合いするんだな…」
千明は茉子の見合いの話が来てからやけに寂しそうだ。
「茉子ちゃんに直接会ったら、その人だっていっぺんに気に入ってしまうわ」
「こんなとき丈瑠はどこ行ったんだよ」
「そういえば殿の姿が見えないが」
最近、丈瑠は稽古が終わって奥の部屋へすぐ消えてしまうかどこかへ出かけているようだ。
茉子は祖母と連絡を取りながら、お見合いに着る服を選んだ。店員は嬉しそうに何着も服を持って来てくれた。その中から淡いピンクのワンピースに決めた。食事会だし、あまりフォーマルなものやカジュアルすぎるものも向かない。いつも履かないヒールの高い靴。
女性としては決して小柄ではないから、目立つかな…でも釣書を読んだ限りでは相手は長身みたいだし、大丈夫だよね、茉子は自分に言い聞かせた。
帰り道、洋服や靴の入った大きな紙袋を抱えて歩いていると、いかにもチャラそうな二人組の男性にぶつかってしまった。
「すみません」
「痛いなぁ…ケガしちゃったよ。お詫びにどっか遊びに行こうよ」
「そそ俺達といると楽しいよぉ」
「急いでいますので」茉子が立ち去ろうとすると腕を掴まれた。荷物も多いし、何より人目も多い。こんな中で大立ち回りをするわけにはいかない。
「茉子、待ったか?」男の声。この声は…
「なんだ男連れかよ」あまりにあっさり男たちが去ったので、声の主を見ると丈瑠だった。体全体から殺気が見えるくらい怒っているのが分かった。
「丈瑠…?」
「…悪い、もっと早くに出てくればよかった」茉子の手から荷物を奪うと足早に歩き出した。
帰りは電車だった。
「今日は馬じゃないんだ?」
「お前は駕籠じゃないのか?」
「…あれは志葉家が用意したものでしょう?」
二人で珍しく軽口をたたいて笑う。電車内は夕方ということでそこそこ混んでいたせいで二人の距離が近い。
なぜあの場所に丈瑠がいたのか、茉子は聞いてみたかったが、今はその話題には触れない方がいい気がした。電車が揺れる。茉子がよろけて、丈瑠の胸に顔をうずめる格好になる。
「ごめん」
「いいからそのまま俺に掴まってろ」
「…うん」
二人はいつものようにまた黙ってしまった。電車を降りて志葉家に向かうときも交わした会話といえば、
「殿様に荷物持たせるなんて悪いから」と茉子が荷物を持とうとしたときに
「そういう問題じゃない」と言っただけだった。
屋敷の手前に来たときに乱暴に茉子に荷物を突き返すと、丈瑠が足早に屋敷に戻って行った。いつも寡黙な丈瑠だが、妙にイライラしているように見えた。
翌日は午後から食事会だった。茉子は黒子にも手伝ってもらって支度をした。いつもはしないような華やかな化粧と服装。流ノ介達は言葉を発することができないくらい見とれていた。だが、丈瑠はまたしてもいない。
出がけに彦馬にショドウフォンを預かると言われたが断った。
例え結婚してもシンケンジャーをやめないことが条件だったはずだと強い調子で返す茉子にさすがの彦馬もたじろいだようだ。
「行って来ます」
「…後をつけないか?」今まで黙っていた流ノ介が口を開いた。
「お!いいねぇ」
「後をつけてどうするんだよ」
「それは私にもわからん」
「…でも茉子ちゃんの幸せを邪魔することにならないやろか」
「いーや、相手の男が悪い奴なら俺らが護ってやらないでどうする!」
「姐さんだめんず好きだしなー」
「じゃ行くぞ」
一人で歩く茉子はかなり目立っていた。チラチラと視線を送る男も多い。
(なんかさ、茉子ちゃん一人で歩かせるなんて危険じゃねぇか?)
(あれ? 公園に入ったぞ)
茉子がショドウフォンで誰かと連絡しているようだ。その後の茉子は一人でウインドウショッピングをしたり、一人で時間を潰しているように見える。
(茉子ちゃん、どうしたんやろ?)
やっと喫茶店に入った茉子は奥の席に座りコーヒーを注文して一息ついた。
(ここで食事会すんのか?)
(思ってた店と違うな)
茉子に見えないように身を隠しながら店内に入った流ノ介達は、いぶかしげな眼で見るウエイトレスに小声でコーヒーを注文し、茉子の様子をうかがおうとしたが、その時けたたましい着信音が一斉に鳴った。
「外道衆よ、早く行こ!」茉子が流ノ介達に声をかけ、店を出る。茉子は慣れないハイヒールをいつの間にか脱いでいた。
外道衆が現れた公園では既にシンケンレッドに変身して戦っていた。
「丈瑠、遅くなってごめん」
今はただ戦いに集中するだけだった。
「一筆奏上!」たくさんのナナシを相手に戦う六人。
「今回はナナシだけか」
ナナシを倒し、変身解除した丈瑠が言った。
「また出てくるかもね」厳しい表情の茉子が答えた。
「茉子ちゃん、靴」ことはが転がったハイヒールを拾って来てくれた。
「ありがとう、ことは」茉子が受け取ろうとした時、丈瑠がことはからハイヒールを取り上げた。
「そこに座れ」近くのベンチに茉子を座らせて、丈瑠がハイヒールを履かせようとした。
「そんなこといいって」
「殿、それなら私が」
「自分でやるからいいって」
「おとなしくしてろ」
ハイヒールを履かせながら丈瑠が問う。「茉子、どこへ行っていた?」
「食事会、だよ」
「そうか。その相手はどんな人だった? 会って話くらいはできただろう?」
「優しそうな人だった…でもフラれちゃったよ」
「茉子、どういうことなんだ?」たまらず流ノ介が尋ねた。
「そうだよ、茉子ちゃん見合い相手とは会ってなかったじゃねぇか」
「…やっぱりそうか」丈瑠が立ち上がってため息をつく。
「俺は見合い相手と会っていた」
「えぇ???」茉子を始め、全員が驚いて丈瑠を見た。
「茉子と結婚するかもしれない人がどんな人間か知りたかった」
「だから最近丈瑠がいないことが多かったんだな」千明がつぶやく。
「相手は…久松さんはかなり真剣に茉子のことを思ってくれていた。二男だから婿養子に入ってくれると言っていたし、茉子の家庭の事情も分かっていたからできるだけ茉子のフォローもすると」
「私、久松さんに電話したの。久松さんに不満があったわけじゃないけど、やっぱり…白石家のこと考えたらそんなこと言っていられないのに…」
「そうなんや」
「それにみんながわたしの後をつけてるのも分かって少しは必要とされてるのかなぁって」
「やっぱりバレてたか」バツが悪そうに源太が頭をかいた。
「バレバレだよ」
「いつから気付いてた? やっぱりあの喫茶店?」
「志葉家を出てちょっとしたときから」
「そこから?」
「茉子がいないだけで流ノ介達が混乱する。結婚は当分無理だな」
「一生独身!とまではいかないと思うけど」源太がにやりと笑う。
「茉子がいないと千明が機嫌が悪くてな」
「はぁ? 流ノ介も慌ててたくせに」流ノ介と千明が小突きあう。
「茉子ちゃんこれからもがんばろな」
「うん」
「!」
またしてもけたたましく着信音が響く。彦馬から外道衆が現れたと連絡が来た。
「お前たち、行くぞ」丈瑠たちは走り出した。
アヤカシを倒した後、慣れないハイヒールで長時間歩いただけでなく、走ったりもしていた茉子は足が痛くてたまらなかった。そんな茉子に駕籠を呼んだ丈瑠は、茉子を先に乗せ、そして自らも乗り込んで来た。
「ちょっと! 駕籠はありがたいけど狭いんだけど」
「俺もここ数日知らない人と会話するのに疲れたんだ」
「そんなの丈瑠の勝手じゃない…でもありがとう。久松さんにも言われたの。大事にしてくれる人がそばにいるんだからその人を想いなさいって」
「そうか」
駕籠に乗り込んだ丈瑠を見ていた源太がため息交じりに言う。「今日ばっかりは仕方ねぇな。あの人見知りが自分から会いに行くなんてよ」
「丈瑠もずいぶん変わったな」千明は嬉しそうだ。
「殿様には茉子ちゃんは特別なんや」
「そうだな…私はちょっと複雑だが」
「お、下剋上か流ノ介」
「そんなんじゃない!」
駕籠の外が騒がしい。
「相変わらずだね…丈瑠?」
急に丈瑠が茉子の方へ倒れ込んで来た。そこには丈瑠の寝顔があった。
(そんなに疲れたんだ)茉子は顔がほころんだ。
その夜、茉子は父親に電話をした。
「お父さん、わたしね、やっぱり今はシンケンジャーに専念するよ。みんな頼りにしてくれるし、それにわたしもみんなのこと頼りにしてるの。え? 今日来た服で写真を撮れって? 分かった、分かった。今度送るね」